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札幌地方裁判所 昭和52年(ワ)1806号 判決

原告 奥村清仁

右法定代理人親権者父 奥村清次

同母 奥村靜子

右訴訟代理人弁護士 市川茂樹

被告 札幌市

右代表者札幌市教育委員会教育長 河崎和夫

右訴訟代理人弁護士 山根喬

主文

一  被告は原告に対し、金六〇万円及び内金五〇万円に対する昭和四八年三月二〇日から、内金一〇万円に対する昭和五三年一二月二日から各支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを四分し、その三を原告の、その余を被告の各負担とする。

四  この判決は、原告勝訴の部分に限り、仮に執行することができる。ただし、被告が金四〇万円の担保を供するときは、右仮執行を免れることができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は原告に対し、金三五五万〇九一四円及び内金三三一万五九一四円に対する昭和四八年三月二〇日から、内金二三万五〇〇〇円に対する本件判決言渡の日の翌日から、各支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

3  原告の請求が一部でも認容される場合、担保を条件とする仮執行免脱宣言

第二当事者の主張

一  請求原因

1  当事者

(一) 原告は、昭和四〇年一月一七日出生、昭和四六年一二月から昭和五二年三月までの間、札幌市北区新琴似一一条六丁目所在札幌市立新琴似北小学校に就学していたものである。

(二) 被告は、学校教育法の定めるところにより、昭和四六年一二月、右札幌市立新琴似北小学校を公の営造物として設置し、以後、これを管理しているものである。

2  事故の発生

原告は、昭和四八年三月当時、右新琴似北小学校第二学年の児童であったが、同月二〇日午前一〇時ころの授業の合間の休み時間の際、同校々舎内第二学年一組の教室内において、暖をとるため右教室内の前方窓側に設置されていた丸型石炭ストーブ(以下、「本件ストーブ」という)にあたっていたところ、同級生であった訴外茂木雄二郎が、同人と付近で工作作品の取り合いをしてふざけ合っていたやはり同級生の訴外星田政雄に強く押された拍子に、後ろ向きに原告の左肩に激しく衝突したため、原告は、これに押されて右ストーブ上の蒸発皿に右腕を突込み、同皿内の熱湯により、右腕に火傷を負った。

3  傷害

原告は、直ちに校内医務室で手当てを受けた後、

(一) 同日から昭和五一年六月まで札幌市新琴似所在の越智外科医院に、

(二) 昭和四八年六月二三日から昭和五一年八月一七日まで北海道大学医学部附属病院(以下、「北大病院」という)にそれぞれ通院し治療を受けたが、結局、昭和五一年八月一七日に至り、右上肢に八センチメートル×二九センチメートルの範囲に四センチメートル×三センチメートル程度の肥厚性瘢痕無数が認められ、将来右瘢痕は多少は萎縮すると考えられるが生涯残るという後遺症が残り、以後治療を打切った。

4  責任原因

(一) 本件ストーブは国家賠償法二条一項にいう公の営造物に含まれるものであり、被告は、これを設置、管理していた。

(二) 本件事故は、被告の右ストーブの管理に次のような瑕疵があったため発生したものである。

すなわち、右ストーブは通常の丸型石炭ストーブであり、その周囲には金網その他の火傷防止のための設備は施されていなかったものであるが、小学校低学年児童にあっては、友人等のふざけあい等により、ストーブが裸のまま設置されている場合は、これに触れたり、或いは衝突したりすることは十分にあり得ることである。たとえ児童にこれらの事態が生じないよう慎重に行動するよう注意、指導しても、幼年のため、事故防止の面ではさほど効果はない。したがって、被告は担任教諭をして、児童に対し、ストーブのまわりで騒いだり、押し合ったりしないよう注意を与えさせていたことはあるけれども、被告としては、ストーブを管理するにあたり、これに止らず、更に周囲に金網を設置する等児童を火傷から守るための物理的措置を講じなければならない。しかるに、被告はこれらの措置を講ずることを怠っていたのであるから、ストーブの管理に瑕疵があったことは明らかで、被告には本件事故により原告に生じた損害を賠償する責任がある。

5  損害

原告に生じた損害額は次のとおりである。

(一) 慰藉料

(1) 通院 金一〇〇万円

(2) 後遺症 金五六万円

(二) 逸失利益 金一五二万〇九一四円

後遺症による労働能力喪失は率にして五パーセントに当たり、一八歳から六七歳まで就労可能として、昭和五〇年賃金センサス産業計、企業規模計、男子労働者学歴計によって算出される年収金二二四万三六〇〇円を基礎とし、年五分の割合の中間利息控除をライプニッツ式によって算出した。

(三) 弁護士費用 金四七万円

原告法定代理人は、本訴訟の遂行のため、原告訴訟代理人に手数料として金二三万五〇〇〇円を支払い、成功報酬として本件判決言渡後に同額を支払うことを約した。

6  結論

よって、原告は被告に対し、国家賠償法二条一項に基づく損害賠償として、金三五五万〇九一四円及び内金三三一万五九一四円に対する事故発生の日である昭和四八年三月二〇日から、内金二三万五〇〇〇円に対する本件判決言渡の日の翌日から、各支払済みに至るまで、民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  請求原因に対する認否

1  第1及び第2項は認める。ただし、事故発生の時間は午前九時五〇分ころである。

2  第3項中、原告が校内医務室で手当てを受けた後、同日、越智外科医院に行ったことは認めるが、その余はすべて不知。

3  第4項(一)は認める。同(二)中、ストーブの形状及び周囲に金網等の設備が施されていなかったことは認めるが、その余は争う。本件ストーブの設置、管理については、通常備えなければならない安全的性状を欠いてはいなかった。すなわち、前記教室床上に白地のビニールテープで縦一八三センチメートル、横一五二センチメートルの長方形の辺縁に沿って囲印をし、その中央付近にストーブを設置したうえ、その使用開始した昭和四七年一一月には、担任教諭から、学級児童に対し、ストーブの周りで騒いだり、押し合ったりしないこと、右白線の中に入らないこと、などのストーブについての注意を与え、更に、児童にグループを作らせ、グループ内で討論させて意識の喚起をはかり、かつ、右注意事項を記載してこれを教室内に掲示していたのである。幼稚園児や情緒障害児のように安全指導に対する弁識能力に欠ける者の場合には、ストーブの周りに金網を設けることの必要の生じる場合があろうが、本件原告らのような小学校児童においては既に右弁識能力を有しているのであるから、被告のなした右措置で安全的性状を欠くものとはいえない。

4  第5項は争う。ただし、原告法定代理人が、本訴訟の遂行を原告訴訟代理人に委任したことは認める。

三  抗弁

仮に請求原因事実が認められるとしても、原告及びその法定代理人は、本件事故が発生した当時、本件損害及び加害者を知ったから、それから三年を経過した昭和五一年三月二〇日消滅時効により本件債権は消滅したものであり、被告は、本訴において、右時効を援用する。

四  抗弁に対する認否

争う。原告及び法定代理人は、受傷時においては、未だ必要な治療のための通院期間及び後遺障害を予見し得なかったものであり、これらは昭和五一年八月一七日に至り初めて知るに至ったものである。

第三証拠《省略》

理由

一  請求原因第1及び第2項は事故発生の時刻を除き、当事者間に争いがなく、右事故発生の時刻については、弁論の全趣旨により昭和四八年三月二〇日午前九時五〇分ころであったと認められる。

二  同第3項中、原告が、事故直後、校内医務室で手当てを受け、更に、同日、越智外科医院に行った点は当事者間に争いがなく、《証拠省略》を総合すれば、原告は、事故発生当日、越智外科医院で治療を受け、消毒、やけど用ネット、包帯等の措置を施された後、同医院に、昭和四八年三月中一二日間、同年四月中一六日間、同年五月中三日間、同年六月ないし一二月中は一ないし二日間、昭和四九年中四日間、昭和五〇年中二日間、昭和五一年中一日各通院したが、他方、右越智外科医院の医師の指示で、昭和四八年六月、北大病院でも治療を受け、昭和四九年八月まで圧迫包帯を施すなどの措置を講じられ、更に、昭和五一年八月まで、時折経過の診察を受け、以上合計七日間右病院に通院したこと、右北大病院の治療がはじまった後は、越智外科医院への通院は、単にかゆみどめの薬剤を受領することにあったこと、しかし、結局、昭和五一年八月一七日、約一年ぶりに北大病院に担当医師の診断を受けたところ、原告主張のとおりの後遺症が残る旨診断され、治療を打ち切ったことが認められる。

三  そこで、原告の受けた右被害についての被告の責任について判断する。

1  請求原因第四項(一)及び同(二)のうち、本件ストーブが通常の丸型石炭ストーブであり、その周囲に金網等のないいわば裸の状態で設置されていたことは当事者間に争いがない。

2  《証拠省略》を総合すれば、学校側では、生徒がストーブが原因で負傷したり、火災を起したりすることを避けるため、床に縦一八三センチメートル、横一五二センチメートルの長方形の辺縁に沿って幅四センチメートルの白地のビニールテープを貼付し、その長方形の中央付近に、縦九二センチメートル、横七七センチメートルのストーブ台を置き、その上に本件丸型石炭ストーブを設置し、かつ、ストーブを使用開始した昭和四七年一一月には、低学年(一、二年生)の児童を対象に、各担任教諭が、約二〇分間、安全指導の時間をとって児童らにストーブの安全対策をみずからも考えさせる方式で、前記白線の内部に立入ったり、ストーブのまわりで騒いだりしない等の注意を与え、更に、折にふれて同旨の注意を始業前などに行い、児童間でも互いに注意し合うよう指導するとともに、「火の用心」と題する注意書を用意し、その内容を説明したうえ教室内に掲示させて、ストーブの周囲では静かにする等の趣旨を徹底させる計画をたて、現に原告らの学級でも右のとおり実施されたこと(学校側が担任教諭にこれらの注意を与えさせていたことは当事者間に争いがない)が認められる。

ところで、国家賠償法二条一項にいう営造物の設置、管理の瑕疵とは、当該営造物が、その種類に応じて通常有すべき安全的性状又は設備を欠いていることであると解するを相当とするが、本件についてこれをみるに、本件ストーブ(ストーブ上の蒸発皿はこれと一体としてみる)は、判断力が未だ十分でなく、危険な行動に及びがちな小学校低学年(一、二年)向きの教室内に設置されたものであり、生徒の中には勢い余って学校側の設けた白線を超え、或いは他の児童をして超えせしめ、その結果ストーブに接触する者がでることは当然予想すべきであるから、被告としては、学校側をして児童に対し口頭ないし書面で注意を与える等の指導を行わせる外に、殊に低学年の児童については、児童らが直接ストーブの一部に接触することのないよう物理的な設備を施すべきであって、右設備を欠く場合は、ストーブの設置、管理に瑕疵があるものといわざるを得ない。しかるに、本件ストーブには右のごとき設備は何ら設置されていなかったのであるから、被告には、本件ストーブの設置、管理に瑕疵があったというべきであり、被告は、国家賠償法二条一項によって原告に生じた後記損害を賠償する責任がある。

四  次に、損害の範囲について検討する。

1  先ず、原告が本件後遺症のため精神的苦痛を受けたことは前示後遺症の部位、程度から見て容易に推認し得るところ、本件事故の態様、特に原告には過失がみあたらないこと、原告の年齢、傷害の部位・程度その他諸般の事情を考慮すると、右後遺症により原告が被った精神的苦痛を慰藉するには金五〇万円が相当と考えられる。

2  次に、原告法定代理人らが本訴訟の遂行を本件原告代理人に委任したことは当事者間に争いがなく、《証拠省略》を総合すると、原告法定代理人らは、本訴提起の直前頃右訴訟代理人弁護士市川茂樹に対し、本件訴訟委任手数料として金二三万五〇〇〇円を支払い、かつ成功報酬につき金二三万五〇〇〇円を本件判決言渡時に支払う旨約したことが認められるところ、本件事案及び前示諸般の事情に鑑みると、原告において本件事故に基づく相当因果関係内の弁護士費用としてその賠償を求め得るのは金一〇万円が相当と認められる。

3  しかし、本件後遺症による労働能力喪失については、《証拠省略》によれば、原告の右上肢には前示肥厚性瘢痕に拘らず機能障害はみあたらないことが認められるから、これを認めることはできないというほかない。

4  また、原告が前示通院のため精神的苦痛を受けたことは、前示の如き本件受傷の程度、原告はその間小学校就学中であったこと等の事情から見てもまた容易に推認し得るところである(その慰藉料額については暫く措く)。

五  ところで、被告の消滅時効の主張につき判断するに、身体傷害による不法行為においては、身体という保護法益の侵害を一個の損害として把握すべきで、右法益侵害の具体的な各費目は、右一個の損害を算定するための徴憑事実にすぎないと考えるべきであるから、具体的な損失費目が継続的ないしは間歇的に発生する場合においても、それらがすべて牽連一体をなす損害として把握でき、かつ、当時においてその発生を予見することが可能であった範囲内のものである限りにおいては、その消滅時効は、加害者による不法行為と受傷の事実とを知った時点から一括して進行すると解すべきであり、他方、事故当時には予想し得なかったような後遺症が発現し、これに基づき損害が新たに発生したような場合には、右後遺症に基づく損害に関する消滅時効には、被害者がその症状を知った時から、当初の損害に関するものとは別個に進行すると解するのが相当である。

本件につきこれをみると、原告が、受傷後、越智外科医院及び北大病院に火傷の治療のため通院していたことに対する前示慰藉料については、通院の目的となった治療の内容、規模及び通院期間が前記認定のとおりであるから、受傷のときに損害を知ったものとして、その時から時効が進行し、これより三年を経た昭和五一年三月二〇日の経過により時効が完成したというべきで、右につき被告が本訴(訴えの提起は昭和五二年九月二一日である)第一回口頭弁論期日において時効を援用したことは訴訟上明らかであるから、右請求権は時効消滅したと解すべきである。

しかし、本件後遺症に対する慰藉料については、原告法定代理人奥村靜子尋問の結果によれば、原告は、北大病院に通院中、担当の有賀医師から、火傷は徐々に治癒する旨説明を受けていたので、昭和五一年八月一七日、約一年ぶりに通院した際、同医師から、後遺症として瘢痕が生涯残る旨最終的な診断を受けた時点ではじめて原告にとって損害が顕在化し、その損害を知るに至ったというべきで、この時点から時効が進行すると考えられる。

次に、弁護士費用の損害賠償債権については、賠償債権者が弁護士に対しその請求の訴えの提起を委任したときから消滅時効が進行すると解すべきである。そうして見ると、これらの各費目部分については、本件訴えの提起迄三年を経過していないことが明らかであるから、いずれも消滅時効の抗弁は理由がない。

六  以上の事実によれば、本訴請求のうち被告に対し金六〇万円及び内金五〇万円に対する不法行為の日である昭和四八年三月二〇日から、内金一〇万円に対する、履行期後であること明らかな本判決言渡の日の翌日である昭和五三年一二月二日から各支払済みに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める原告の本訴請求は理由があるからこれを認容し、その余は理由がなく失当であるからこれを棄却し、訴訟費用につき民事訴訟法八九条、九二条本文を、仮執行宣言につき同法一九六条一項を、仮執行免脱宣言につき同法同条三項を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 磯部喬 裁判官 秋山壽延 寺田逸郎)

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